2018年1月16日火曜日

Boyish Archive ③1st Everything You Say発売まで 何事も初めては、時間がかかるもの




レコーディングスタジオ・ミックス・マスタリングの価格に顔が真っ青になっていたましたが、

このままではらちがあかないのでインターネットで調べることにしました。

(何事も"行動"することが大事ですね。)


意外にも格安でリハスタにて録音してくれるフリーのエンジニアを見つけることができました。

普段はホールなどでPAをしている方で大変温厚な方でした。

今でも非常に恩義を感じていて、連絡を取ろうとしても中々とれず疎遠になってしまいましたが。


ともかく新宿の某リハスタにて録音をすることになったのですが、

(アルバムジャケットの中の写真です)

中々思ったような音が録音できず、大変気をもみました。

今思えばリハスタの機材もかなりガタがきていて、それを無理やり使って録音していたので、

狙った音がでないのもあたり前だな、と思います。


あとは宅録でラインのギターの音ばかり聞いていたのでアンプをマイク録りした音に

どうしても慣れず、そこでも苛立ちを感じたものです。

今思えば目指そうとしたサウンドがキャプチャードトラックス系だったのに、

(彼らはおそらくラインで録音したギターをアンシュミなどで鳴らしていたのでしょう)

アンプ録音するものが当たり前だと思っていたので、狙った音が録音できないのもまた

自然な流れでした。


また、はじめての作品というのもあり目指したい音像に技術や機材的な問題も多くありました。

若気の至りからか周りの人に沢山迷惑をお掛けしたと思います。本当に申し訳ない。

(翻訳や作詞に関わってくれたS君など本当にありがとう、無理言ってばかりになってしまった

エンジニアのKさん、メンバーも、写真家のK氏もありがとうございました。)




しかしながら1年ほど苦心してなんとかリリースできた作品には思いいれもあり、

聞き直すとおっ、と思うところもあります。

よければ聞いてみてください。




また、この頃海外のCloudberry Recordsから7inchレコードを発売しました。

いま思えば一番バンドとしては乗っていた時期だったのかもしれません。

↓はCloudberry Recordsが作ってくれたPVです。



Boyish - The Hidden Secrets


(次作へ続く)





The Pains Of Being Pure At Heart - "Everything With You"


彼らは出てきた当初ネオシューゲイザーの括りの中に入っていたと思います。

確かに初期のMBVに近いサウンドでしたが、

その実はサラやギターポップバンドへの熱い敬愛があったのでした。


個人的には渋谷のタワーレコードのインストアに行ったり思い出深いバンドです。

(彼らは飛行機が遅れたという理由で曲を多めにやったり、終演後速攻ニコニコ客席に来たり

めちゃくちゃいい人でした。)


1stアルバムはレコードをかなり意識した曲順になっているのでレコードプレイヤーを持っている

人はレコードで聞いてみてください。印象が全然違うので。


2013年以降インディーポップという言葉は、ギターポップとすり替わる形であらゆるバンドに

形容されるようになります。またそれは別のお話(最近はシテイーポップ?)











2018年1月12日金曜日

Boyish Archive ②バンド結成まで インターネットは何を与えてくれたのか(あるいは失ったのか)





宅録で曲作りを続けていきBandcampやSoundcloudなどにアップロードをする日々を続けていましたが段々とSNS上で褒められたり海外のインディー系の音楽ブログで稀に褒められすることもありました。

(当時は全盛でした、インディーミュージシャンの音源がブログの紹介によって盛り上がり、レーベルからフックアップされる

流れがあったのです。後にSNSの普及などの要因により段々失速していきます。キャプチャードトラックスなどもその流れ
が当時あったと記憶しています。)

こうなるとバンドとして活動したくなってくるものです。ただ音楽友達が廻りに一切いなかったので、ある日薦められてから始めたTwitterというサービスからバンドメンバーを集めることにしました。


2012年付近はまだSNSが普及されておらずMixiが全盛でTwitterは一部の人しかやっていない雰囲気でした。

だからか不思議と気が合う人を何人かネット上で見つけることができました。
また、その人とは現行のインディーバンドが集まってイベントで会ったこともあり、気になっていた人でもありました。


こちらから連絡を取り、「やってくれないか」と連絡したところなんとOKを頂きバンドが軌道に乗り始めます。


(一緒にオールナイトのイベントに行って、終わったあと明け方永遠と山手線に乗り続けて喋っていたり

今思えば青春でしたね)

その人の友達経由でドラム、僕の知り合い(といってもネット上の)のベースを誘いメンバーも固まりました。



練習もコンスタントにしてライブも下手糞ながら数回やらせていただくことができました。

すると、もっと欲がでてくるものでメールで音源を日本のインディーレーベルに送ることにしました。

なんと幸運にもあるレーベルにリリースOKをもらい、そのままレコーディングが始まることになります。


しかしながら初ライブも右も左も分からない状況だったのにレコーディングとなると資金が必要になる!

と途方にくれ頭を抱えるのでした。


(つづく。)




          Friends - We'll Never Stay Together



日本のバンドで当時ここまで海外のバンドと共振したグループがいたでしょうか?

今聞いても新鮮なサウンドに聞こえます。(後に改名してTeen Runningsになります)
間違いなく後の日本のインディーバンドの先駆けかパイオニアと言っていいでしょう。
TennisやBest Coastと一緒に聞くとどうしても当時の事を思い返してしまいます。








        Sarah Records (1987-1995)


サラレコーズのジャケットのカッコよさには痺れてしまいます。

ローファイなサウンドが時代とマッチしていてよりその輝きは増して聞こえていました。
80年後期から始まった7inch中心のカタログを必死で集めていました。
2012年頃はまだ値段が落ち着いていた頃でキャプチャード勢の再評価のためか
ネコアコ関係のレコードは高騰していきます。







2018年1月10日水曜日

Boyish Archive ①宅録期 はじまり クリエイションレコードの落書きから



Boyishは2012年の春から自宅のパソコンの前で始まりました。

当時の2012年は新しい海外のインディーバンドやギターポップのバンドが

どんどんでてきたりBandcampやSoundcloudなどが続々出てくる
すごいワクワクする時代でもありました。

リバーブやコーラスを多用するバンドも多く、当時シューゲイザーバンド~ギターポップ

バンドが好きだったので毎日PCに張り付いて音楽を聴き続ける生活を送っていました。

(学生だったのでお金もなくレコード屋の視聴などもお世話になりました。

ここら辺は語ると長くなりそうなので割愛。でも一個の記事として後日書いてみたいです。)

これらのバンドへの強い憧れや共感から曲を個人的に作り始めました。


また、デジタル媒体の進出によって海外にレコード屋はなくなり

その反動でカセットやレコードの勢いを取り戻しつつある時代でもありました。


当時の機材は安い半壊状態のDELLのPCとRolandのオーディオインターフェイスでした。

とてもチープだったのでラグもすごく録音もするにも時間がかかったものです。

自分の中のオブスキュアなギターポップとシューゲイザーのサウンドをミックスして

海外風のバンドとして英詩でスタートするとコンセプトが決まりボーイッシュが始まりました。


この海外風にするのが中々難しく途中で挫折しました。

当時の海外インディープログにクリエイションレコードの落書きみたいな評価頂いたのを覚えています。


後にtwitterでバンドメンバーを公募してバンドとしてもスタートを切ります。

その話は次回で。ではまた。






Wild Nothing - Summer Holiday


オブスキュアなニューウェイプ+ギターポップ+4AD風なサウンド

と言ってしまえばそうかもしれませんがそんなバンドは今までいませんでした。
「過去のサウンドも組み合わせによっては新しいものになる」と証明したバンド(ソロユニット)だと思います。
この人やクラフトスペルズのようにマックブック1台とガレージバンドで作り上げてしまった
サウンドはこの時代の象徴と言ってもいいのでは無いのでしょうか?

おカネが無くてもローファイなサウンド自体を魅力にしてしまう彼らをすごくかっこいいなあ

と思ったものでした。






当時宅録した音源はほとんどこのCDに入っています。

元々はカセットとしてリリースしたものを、ほぼ全てまとめたものです。
よければ是非。



(後々追記予定)